今回は、職場環境提案制度で勤続年数もやる気も大幅アップしたI社の実例をご紹介します。
I社は、近畿圏に12店舗の飲食店をチェーン展開しています。アルバイト従業員が7割以上を占めるI社では、かつては正社員でも1~2年で退職してしまうケースがほとんどでしたが、昨今では5年以上といった長期勤務する従業員が圧倒的に増えました。
何がきっかけでそのように変わったのでしょうか?
結婚して家庭を持ち子どもが生まれても、またマイホームを持っても安心して働き続けられる会社であるために、I社がこの15年間で行ってきた”従業員が定着するための取り組み”についてご紹介いたします。
みんなはどんな職場を求めている?
I社は創業25年になりますが、当初は居酒屋1店舗で開業。気軽に学生アルバイトが働きに来てくれるものの、遅刻が頻発・すぐ欠勤・さらには無断欠勤で連絡の取れないまま退職・・そのようなこともしばしばありました。
その後、店舗数は増えていきましたが、従業員が定着しないことが創業以来の課題。
従業員間では、「結婚するのであれば、もっとちゃんとした会社で働かないと!」という風潮があったそうです。
会社としても従業員が魅力的に感じる会社となるよう就労環境を整備したいと思うものの、
「従業員が何を求めているのかわからない」
「何等かの改善を行うのであれば、従業員が求めることをしたい」
と考えました。
ただ、社長が直接意見を聞くと従業員が言いにくいこともあるだろうと、年に1回全店長が集まる会議で、職場環境について社労士が店長と個別面談を行うこととしました。
なお面談をスムーズに進めるため、店長には次の「職場環境に関するアンケート」にあらかじめ大まかな意見をまとめていただくようお願いをしました。

多岐にわたる意見・要望を検討
実際に店長と面談し、意見を聞いてみると、「給与を上げてほしい」「残業が多い」「年次有給休暇を買い上げてほしい」「スタッフジャンパーを作ってほしい」「繁忙期にアルバイトがシフトに入ってくれない」など、多岐にわたる要望や悩みなどが出ました。
社労士から会社に伝えるときには、「誰の要望である」といったような名前は出さないルールとしたことで、普段社長に言えないようなことも率直に忌憚のない意見を聞くことができたと思います。
要望には対応できることもできないこともありますが、例えば
「給与を上げてほしい」という要望には「会社も上げたいので、上げられるようにみんなで利益を生み出そう!」といったことや
「年次有給休暇を買い上げてほしい」という要望には、「時効消滅していない年次有給休暇の買い上げは違法のため、できない」など、
意見・要望一つ一つに会社の見解と対応を回答し、一覧表にまとめて全店長にフィードバックをしました。
職場環境に関する意見・要望から導入した制度
年に1度、このような面談を行い続けた結果、様々な意見・要望が挙げられました。これによって取り入れた制度がたくさんあるため、ご紹介します。
導入制度①アルバイトからの正社員登用制度
店長からの推薦 → マネージャーの推薦 → 社長面談
とした手順による正社員登用制度を創設。
導入制度②歩合制廃止、固定給アップ
これまでI社は、商品の売上金額に応じた歩合手当をつけていましたが、自分の売上げばかりに力を入れて掃除の協力をしない、などが見受けられたため、歩合手当を廃止。その分固定給をアップさせることにしました。
導入制度③出張手当の金額増額
1日1,000円 → 1日1,500円
導入制度④子育て支援手当の創設
子育て支援を目的として、小学校から大学に通う子を養育する従業員に対し、月額で定めた手当てを支給することとしました。(小学校2,000円/月 ~ 大学11,000円/月)
導入制度⑤賞与制度の創設
もともと明確な賞与制度はなく「決算期に臨時に支給されることがある」という状態でしたが、年2回、会社の業績と本人の貢献度により賞与を支給する仕組みを創設しました。
導入制度⑥表彰制度の創設
・永年勤続表彰制度(10年、15年、20年、25年、30年)を創設
・全店長会議での表彰式
・賞状と賞金の授与 + リフレッシュ休暇
導入制度⑦退職金制度の創設
勤続5年以上勤務した場合に、勤続年数に応じポイントを付与し、ポイントに応じた退職金を支給することとしました。
※店長・マネージャーなどの役職に就いた場合には、役職ポイントも付与
従業員の声を反映した制度導入がもたらしたもの
職場環境に関する意見・要望から導入した制度をご紹介しましたが、これはほんの一例で他にも15年間の中で数々の制度を導入しています。
特に、退職金制度が創設されたことは大きいでしょう。他にも、賞与の支給や子育て支援の創設・永年勤続表彰など、ライフプランが変わっても長く安心して勤務できる仕組みが整ったことも大きく、これらにより「従業員が辞めない会社」「自信をもって働ける会社」となったのです。
働いている従業員の声を丁寧に聞く仕組みが、うまく運用された結果であると思います。アルバイト従業員にとっても、頑張れば正社員に登用される道が開けていて、実際にアルバイトから正社員に登用された人は全正社員の6割にも達しています。
モチベーションも売上げも向上
この取組みを通じて、従業員のモチベーションは目に見えて向上しました。
物理的な就労環境が改善されたことや業務プロセスの見直しがされたことで働きやすさが向上。また従業員同士のコミュニケーションがスムーズになり、会社全体の雰囲気がポジティブに変換し、売上げの向上にもつながっています。
取り組み前は「従業員の不満を解消するために、何に手を付けてよいかわからない」ところからのスタートでしたが、職場環境提案制度を継続的に続けたことで、時代と従業員のニーズに合った職場環境の整備に取り組むことができ、会社・従業員双方にメリットをもたらしたと言えるのではないでしょうか。
この記事を書いたのは…
社会保険労務士法人さくら労務コンサルティング 代表社会保険労務士
岩 井 真 規

医療業界、建設業、飲食業、小売業、美容業など幅広い業界に精通し、会社顧問として人事労務について指導を行う一方、個人年金の相談業務や手続も行う。得意分野は就業規則の作成等労務管理についてのコンサルティング。幅広い知識と経験に基づき各種団体のセミナー講師経験多数。
所属
大阪府社会保険労務士会 (平成15年9月登録)
経歴
淀川労働基準監督署 臨時労働保険相談員・通勤災害調査員
公共職業訓練校 社会保険実務 講師
大原法律簿記専門学校、LEC社会人セミナー 講師
全国社会保険労務士会連合会 事務指定講習 講師
近畿税理士会他各種団体、民間企業セミナーにおける講師経験多数